ゴスラー Goslar
ニーダーザクセン州
人口:約51,000人
概要
ゴスラーは、ハノーファーHanover から南東約70㎞、
ハルツ山地の北端に位置する中心的な都市で、ランメルスベルク鉱山の麓にあり、鉱山の町として栄えた。
精巧な彫刻を施した木骨造りの建物を数多く残す、ドイツで最もよく保存された中世都市の一つだ。
かつでの帝国自由都市ゴスラーの富の源は、ハルツ山地の豊富な地下資源、特にラメルスベルクRammelsbergの、銀や鉛を含んだ鉱石であった。15、16世紀に、町は全盛期を迎える。パン屋組合会館(ギルド会館) BackergildehausやブルストトゥーホBrusttuchに代表される、町の中心部にある歴史的建物の大部分はこの時代のものである。
ゴスラーの町には歴代の皇帝・王の居留地が置かれ、美しい街並みが形成された。
ヨーロッパ屈指の歴史を持つランメルスベルク鉱山とゴスラーの旧市街は、1992年、ユネスコ世界遺産に登録された。
16世紀中頃、ブラウンシュヴァイク公Braunschweigに、そして1802年にプロイセンに鉱山が譲渡されて以来、経済的衰退が始まった。
その後も数回統治者が変わったが、最終的にニーダーザクセン州に統合された。
しかし、今日ゴスラーは、旧市街の中世の美しい古い木骨組の家々が168もあり、観光産業が新たに活気づいている。
中心となるマルクト広場からどの方向へ歩いても、小さな広場や街角、町中を走る水路沿いにも、美い家並みが目につく。
なかでも見逃せないのは、魅惑的な中庭を持つ17世紀末バロック様式の建築のジーメンスハウス(Siemenshaus)と、現在はホテルとなったブルストトゥーホ(Brusttuch, Hoher Wegl)。
16世紀初めにブルストトゥーホを建てた町の為政者は、彫刻の名人を雇って様々な装飾を施した。
マルクト広場には、1494年にギルド会館として建ったアーケードを持つカイザーヴォルトと、ゴシック様式の市庁舎(Rathaus)がある。
市街地の外れには、芝生に覆われた斜面に石造りの巨大な皇帝の宮殿(Kaiserpfalz)が堂々と立っている。 11世紀に建造されたこの宮殿は、1870年代、新たに統一されたドイツ帝国の象徴として再建されている。
ゴスラーは魔女伝説の町としても知られている。
ハルツ山地にブロッケン山がある。北ドイツで一番高い山だが、ここに、毎年4月30日から5月1日にかけて、魔女たちが冬の終わりを悪魔たちとお祝いをするために集まるという言い伝えがある。
1530年から1657年の間に、魔女狩りで28人が犠牲になったという悲惨な過去もあった。
現在では、幸せを運んでくるという喜ばれる魔女なのである。
ハルツ地方の各地で行われるヴァルプルギスという祭りは、魔女に仮装した人々が楽しむ場となっている。
ゴスラーの町には魔女が土産物としても人気がある。
世界遺産のランメルスベルク鉱山は1988年まで採掘を続けていたが、現在はその一部の坑道が整備され、ガイドツアーで見学できるようになっている。
見学コースはいくつかに分かれていて、200年前の水車のある坑道を歩いて回るレーダー坑道コース、トロッコ列車に乗って採掘現場を見学する20世紀採掘コース、鉱石精選所コースなどがある。
ゴスラーへのアクセス
ハノーファー中央駅Hannover Hbfから快速列車RE/RBでゴスラーGoslarまで1時間5分、
ほぼ1時間間隔
駅から西に歩いていくと数分で旧市街に着く。
市街地
旧市街はかなり広く、水路が通っていて変化がある。ドイツの伝統的な木筋レンガ構造の民家が建ち並び、町のあちこちに美術館・博物館がある。
旧市街の中心となるのがマルクト広場。
マルクト広場とカイザーパッサージエKaiserpassageと呼ばれる巨大な歩行者用モールがその中心にある。
駅とバス停からは徒歩10分旧だ。小さなゴーゼ川Gose Riverが、マルクトの南側にある中心部を流れている。
威厳と品格に満ちた広場のまわりに、灰色のスレート・フアサードの家々、現在はホテルとして営業しているギルド会館カイザーヴォルトKaiserworthは織物の組合として1494年に建設され、オレンジの正面壁にはほぼ等身大の人物像が飾られている。
後期ゴシック様式の市庁舎は夜になるとその本領を発揮し、ステンドグラスを通した光が町の広場を照らす。見どころは、表敬の間HuldigungBaal で部屋全面に描かれた、16世紀の美しい宗教画がある。
市庁舎の後ろにはマルクト教会Marktkirche (12世紀)の塔がそびえる。
広場中央には、二つの大きなブロンズの水盤をもつマルクト噴水Marktbrunnen (1230年)があり、水盤からは冠をかぶった帝国のワシが、今にも飛び立ちそうに羽を広げている。
市庁舎の向かいの建物の切妻には時計台があり、グロッケンシュピールGlockenspiel(仕掛け時計)には、中世から現代までのハルツ山採鉱の歴史を四つの人形で表現した彫刻が現れながら、毎日9時、12時、15時、18時になると、鐘がメロディーを奏でている。
市庁舎北西のジューホープSchuhhofは、周囲を木骨組の家々で囲まれている。右側の家々はアーケード造りになっている。細い通路を抜けてミュンツ通りMunzstrasseに出ると、古い「白鳥」旅館Am Weissen Schwan)(中庭に小さな錫人形博物館がある)や、1500年の旧貨幣鋳造所Alte Munze(現在はレストラン)がある。
ミュンツ通りとマルクト通りMarktstrasseの交わる角には、2階建てのみごとな張出し窓のある家(1526年)。マルクト教会向かいには、ブルストトゥーホBrusttuch (同じく1528年)の巨大な急勾配の屋根がそそり立つ。富裕な鉱山所有者のために建てられた家で、ルネサンス趣味の聖書や伝説、寓話のモチーフで盛り沢山に飾られている。その少し先には高い切妻のパン屋ギルド会館Backergildehaus (1501~1557) がある。
マルクト通りからベッカー通りBackerstrasseに入ったところに並ぶルネサンス建築の家々には、ニーダーザクセン地方に広く見られる扇形の帯状装飾(ベッカー通り2番地)またはアーチ型帯状装飾(ベッカー通り3番地)が施されている。
見どころ
マルクト教会
マルクト広場に面して建つ。
教会の塔から眺めるとゴスラーの街が一望できる。
オレンジ屋根に加え、銀色の屋根や壁をもつ建物があちこちにみられる。
他のドイツの旧市街と一風違った風景だ。
市庁舎 Rathaus
15世紀の建築。1階は中世の慣例にならっで、マルクト広場に向かって開いた尖りアーチのアーケード・ホールとなっている。
南側の屋外階段を上ると2階の大広間Diele (栄誉の間Ehrensaal)に出る。屋根の下端(付け根部分)は、飾り切妻をあしらった格子で隠されている。
忠誠の間(Huldigungssaal) 1450年頃、市参事会員の間Ratsherrenzimmerとしてつくられ、1510年頃みごとな装飾が施された。壁には手のこんだ木彫装飾の板張りの下回ルネサンス装束に身を包んだローマ皇帝と巫女たちの肖像が交互に並ぶ壁画がある。天井は、キリストの子供時代の場面を預言者と福音史家が囲んでいる。扉の後ろに隠れたごく小さな礼拝堂には、キリスト受難をモチーフにした壁画と、聖マルガレーテの腕の聖遺物箱(1300年頃)がある。
カイザーヴォルト Kaiserworth
張り出した小塔がある後期ゴシック建築(1494年)。かっての仕立屋ギルド会館で、現在はホテル。外壁の狭いくぼみの台の上にバロック様式の諸皇帝(カイザー)の像が立っていることから、その名がついた。豊穣の像の足もとの切妻の角には、ドゥカーテンの親父Dukatenmannchenが、あけっぴろげな態度でゴスラー市の貨幣鋳造権を説明している。
カイザープファルツ Kaiserpfalz(皇帝の宮殿)
神聖ローマ帝国皇帝ハインリヒ3世(1039~1056在位)の治下に建てられ、その後数世紀の間に荒廃したが、1868~1879年に再建された。歴史上の場面を理想化して描いた内部のフレスコ画は、その当時に制作されたものである。
その規模の大きさは、当時の皇帝の絶大な権力をしのぼせる。巨大な帝国の広間Reichssaal (上の階)の歴史画は、ゴスラーに皇帝の居城が置かれた時代の重要な歴史的事件の数々を物語っている。
帝国の広間から、2階建ての聖ウルリヒ宮中礼拝堂Pfalzka pelle St. Ulrich(12世紀初)に出られる。下の階はギリシア十字形、上階は8角形をしている。この礼拝堂にはハインリヒ3世の墓像(横臥像、13世紀)があり、その台座に皇帝の心臓を納めた石棺を安置している。
カイザープファルツの下には、ドームフオアハレDomvorhalleがあり、11世紀のカイザーシュトウールKaiserstuhlや、ザリアとホーヘンシュタウヘン王朝の皇帝が使用した玉座が展示されている。
城の裏手にある美しい庭には、ヘンリー・ムーアの素晴らしい彫刻作品、ゴスラーの戦士Goslere Kriegerがある。
Kaiserbleek 6
ランメルスベルク鉱山博物館 Rammelsberger Bergbau Museum
町の中心から約1km南にある。
現在博物館となっている1000年前の採掘坑mine の立坑へ降りて行ける。採掘鉱の入場料にはドイツ語のツアーと、18世紀および19世紀のローダー・シャフトRoeder Shafts、採掘坑鉄道、鉱石加工工程を英語で説明したパンフレットが含まれる。
www.rammelsberg.de
ジーメンスハウス Siemenshaus
1693年、会社創設者ジーメンスの先祖ハンス・ジーメンスが建てた堂々とした木骨組の家。美しい「デーレj Dale (タイル張りの入口の間で、夏は休憩ラウンジとして利用された)と、中庭が見どころ。
大聖十字架救貧院 Stift zum Grossen Heiligen Kreuz
ゴスラー産の白ビール「ゴーゼビア」で知られるゴーゼ川Gose右岸に、1254年に建てられた。小さな庇の付いたゴシックの切妻が、ホーアー゜ヴェーク(高い道) Hoher Wegの上にそそり立っている。内部には回廊の付いた大きな玄関ホールDieteがあり、そこから簡素な礼拝堂へ行ける。
ノイヴェルク修道院教会 Klosterkirche Neuwerk
かつてのシトー会女子修道院所属の教会(12~13世紀)で、修道院の庭に少し離れて建っている。
多角形の高い正面の塔Fassadenturmeは、ロマネスク教会の塔のなかでも最も優美なものに数えられる。中央後陣の外装は並外れて手がこんでいる。
身廊には、尖頭アーチ形の格縁(ごうぶち)のあるどっしりした天井が張られている。
中央の柱間では、横断アーチの添え柱の上の支柱部分の中がくり抜かれ、そこに独特のモチーフの装飾が施されている。その下には石の環がある。
パイプオルガンのある2階席の欄干には、六つの化粧漆喰レリーフ(キリスト、聖母マリア、4人の使徒)が見られる。これはもともと内陣と身廊の間の仕切り壁にあったもので、すでにゴシック様式の優美さを見せている。
聖ペーター・聖パウロ教区教会 Pfarrkirche Peter und Paul
フランケンベルガー・プラーンFrankenberger Plan から入る。
12世紀に建てられ、その後何度も改築されたこの教会は、かつて鉱山労働者が住んでいた閑静なフランケンペルクFrankenberg地区にある。明かり取りのあるバロック様式の塔は、18世紀のもの。内部では西側の尼僧の桟敷席Nonnenemporeが見どころ。
アーケードが、アカンサス葉飾りの柱頭と、ケーニヒスルッターKonigsiutter に模した編み縄模様の小柱の上に載っている。北壁と南壁には、13世紀初めの大画面壁画の残りが見られる。
ブライテス・トーア Breites Tor
広い門という意味。丸い塔、門の家(内部のみ保存)、門の兵営を持つ城塞門(1500年頃)。
修道僧の家 Monchehaus
この古い木骨組の家(1528年)の中身は、モダンアート美術館Museum fur Moderne Kunst。ボイスBeuys、フンデルトヴァツサーHundertwasser、セラSerra。コーニングde Kooningの作品を展示。庭にはエルンストErnstとレナーツRennertzの彫刻、そしてカルダーCalderの面白いモビール作品もある。
ゴスラー博物館 Goslarer Museum
住まいの文化(17~19世紀の家見)と美術工芸品に重点を置いた、市の歴史コレクション。かつてゴスラーのドームにあった美術品が特に魅力的である。 11世紀の大きなブロンズの聖遺物祭壇クロード祭壇Krodoaltarは必見であるが、残念ながらその宝石は奪われてしまっている。その他、ゴスラーの聖福音集Goslarer Evangeliar(13世紀)、キリスト磔刑群像Kreuzigungsgruppe (16世紀)などを収蔵。貨幣の小陳列室は、中世から近代にかけてのゴスラーの貨幣鋳造の重要性を解説している。地質学・鉱物学上のコレクションも一見の価値がある。
ツヴィンガー Zwinger
1517年につくられた要塞塔。市の中心部の南のはずれにある城塞地帯Wallanlagenにある。
厚さ65mの壁に囲まれた内部は小さな博物館になっていて、中世後期の武器、包囲道具、武具甲胄、拷問道具を展示している。塔の屋根からの町の眺めがよい。
周辺の見どころ
ハルツ山地 Der Harz
グラウホーフ教会 Grauhofer Kirche
ゴスラーの市街地から 3 km。
司教座聖堂参事会グラウホーフ(1527年)のアウグスティノ会修道士が、1701~1717年、イタリア人建築士に建てさせた教会。広々とした内部は、きわめて淡白な色使いが印象的。見どころは、船形の説教壇(1721年)、パイプオルガンの豪華な外箱(キャビネット、1737年)、聖アウグスティヌスの生涯と宗教上の掟を描いた56の絵がその上を飾る、貴重な木材で作られた内陣の聖職者席Chorgestuhl。