スペインの歴史


スペインの歴史

地中海からの外国勢力の流入

BC3000年 古代イベリア人が定住。
BC1000年 ケルト族の∃一ロッパ南下により、原住民のイベリア族との混血が進む先住のイベリア人と融合してケルティベリア人を形成する。
BC8世紀頃 フェニキア人が南部スペイン沿岸部にガディル(現在のカディス)、マラカ(現在のマラガ)を建設。
ギリシャ人がマイナケ(現在のマラガの隣)、ルセンツム(アリカンテ)に定住を始める
BC500年頃 カルタゴ人がジブラルタル海峡を渡ってイベリア半島南部が征服される
BC218年 カルタゴ人とローマ軍との第2ポエニ戦争が始まり、ロ一マ軍が勝利。
      イベリア半島もローマ帝国の支配下に置かれることとなる。
      ローマの建築、文化、法律、言語、などが伝えられ、経済的・文化的に大きく発展する。
BC201年 第二次ポエニ戦争で共和制ローマがカルタゴを破り、イベリアの支配権を奪う。
BC100前後 セゴビアのローマ水道橋が建造される。
BC19年 ローマ、イベリア半島全域を支配
BC8年 メリダの円形劇場建設。ローマ劇場はBC24に建設
AD98年 イベリア出身のローマ貴族トラヤヌスがローマ皇帝に即位する。
AD375年 ゲルマン人が民族大移動。それにより西ゴート族がフン族に圧迫され南下
410年 西ゴート族ローマ帝国内に侵入、ローマを占領
415年 西ゴート王国建国。フランス南部のトロサ(現トゥールーズ)に都する。
419年 ゲルマン民族の西ゴート族がスペインに進出、キリスト教国として3世紀にわたって支配
470年 西ゴート王国、イスパニアの大半を征服
476年 ローマ帝国が崩壊
507年 西ゴート王国、フランク族に敗れ、ガリアよりイベリア半島に撤退
560年 西ゴート王国、トレドに遷都。
585年 西ゴート王国、現ガリシアにあったスエビ王国を併合する。
589年 西ゴート王国、ローマ正教へ改宗宣言
621年 西ゴート王国、半島全域を支配
      

イスラムの進出とレコンキスタ

711年 イスラム系のムーア人がスペインに侵入
711年 イスラム教徒(ウマイヤ朝)が侵入、西ゴート王国滅亡。
以後800年間にわたってほぼ全域を支配。北部のキリスト教徒は抵抗運動を続け、次第に南下して国土を回復していく。
貴族ベラーヨ、半島北西部に逃れアストゥリアス王国を建国(718)
716年 ウマイヤ朝アンダルスの支配が始まる。イベリア半島の大部分を制圧
717年 コルドバ、アル・アンダルース(イベリア半島のイスラム支配地の総称)の首都になる。
722年 コバドンガの戦いで勝利を収めたのを皮切りに、レコンキスタ(国土回復戦争)が開始される。
732年 ウマイヤ朝、フランク王国とのトゥール・ポワティエ間の戦いに敗北。
756年 コルドバにイスラム人の後ウマイヤ朝「西カリフ王国」が建国。ヨーロッパで最も重要な経清文化の中心地になる。
レコンキスタは戦争・停戦を繰り返しながら進められ、文化的にはイスラム教徒側、キリスト教徒側相互に影響を与え合っていった
13世紀までに、イベリア半島の半分はキリスト教徒側の支配下に入り、カスティーリャ・イ・レオン、アラゴン、アストゥリアスの同盟体制が強化される。しかし、その後レコンキスタは行き詰まりを見せはじめる。それによりグラナダのイスラム帝国、カステイーヤ・イ・レオン、カタルーニャはそれぞれ安定期に入り、経活的にも繁栄を見せる。
785年 コルドバでメスキータ着工
813年 伝説で、ガリシア地方サンティアゴ・デ・コンポステーラで聖ヤコブの墓が発見されたとされる。
824年頃 半島北東部に、イニゴ・バスク人アリスタがフランク王国に反乱を起こしてパンプローナ王国建立。後にナバラ王国に(970)
858年 アストゥリアス王国内にカスティーリャ伯領建立。
874年 バルセローナ伯領でビフレード王即位。その治世でカタルーニャの諸伯領を統合
880年 イブン・ハフスーンの反乱(マラガのロンダを拠点に。キリスト教に改宗、キリスト教諸国家と連絡)(~928)
912年〜961年 アミール(後カリフ)・アブド・アッラフマーン3世によるイスラム文化最盛期。
914年 アストゥリアス王国、レオンに遷都、レオン王国となる
929年 アブデル・ラーマン3世、カリフを称す。イスラム教国の全盛期到来
961年 カスティーリャ伯領、レオン王国より事実上独立の伯領に。
987年 カタルーニャがフランク王国からの独立運動
1029年 ナバーラ王国のサンチョ3世がカスティーリャ伯領を併合。その後レオン王国から領土を得る。
1031年 コルドバの後ウマイヤ朝崩壊、イスラム諸国家に分裂王国時代になる。
1035年 ナバーラ王国のサンチョ3世が死去し、領土が4王子に分割相続され、アラゴン王国とカスティーリャ王国が独立する。
1037年 カスティーリャ伯フェルナンド1世、レオン王ベルムード3世を倒し、カスティーリャ=レオン王国を建国。
1056年 ベルベル人によるムラービト朝(アフリカ)が半島に侵入
1085年 カスティーリャ・レオン王国アルフォンソ6世がトレドを征服する。
1086年 モロッコのムラービト朝君主のユースフがサグラハスの戦いでアルフォンソ6世を破り、カスティーリャ軍がムラービト軍に大敗。以後アル=アンダルスを支配(1090年 - 1146年)。
1094年 エル・シドがバレンシアを征服
1118年 アラゴン王国、サラゴサを占領し首都とする。
1120年 サラマンカのカテドラル成る
1130年 北アフリカにムワッヒド朝興る
1137年 アラゴン・カタルーニャの連合王国成立
1139年 ポルトガル、カスティーリャから独立を宣言
1143年 カスティーリャ王国、ポルトガルの独立を承認
1146年 北アフリカモロッコのムワッヒド朝、イベリア半島に侵入、アンダルシアを支配(1146年 - 1224年)。ムラービト朝滅亡(1147)
12世紀後半 アラゴン王国のテルエルにムデハル建築が作られ始める。
1148年 カタルーニャ軍、トルトーサを占領
1162年 アラゴン・カタルーニャ連合王国成立
1195年 ムワッヒド軍、カスティーリャ軍撃破(アラルコスの戦)
13世紀初頭 ブルゴスに大聖堂が着工される(完成までに3世紀かかる)。
1212年 カトリック諸王国連合軍、ムワッヒド朝軍をラス・ナバス・デ・トローサの戦いで破る。
1218年 サラマンカ大学開校
1221年 ブルゴスのカテドラル(大聖堂)、建設着工(16世紀に完成)
1224年 ムワッヒド朝滅び、アル・アンダルスに小王国分立。
1226年 トレドのカテドラル(スペイン・カトリックの総本山)建設開始(1493年完成)
1232年 グラナダにナスル朝興る
1236年 カスティーリャ軍がコルドバに入城
1238年 ナスル朝グラナダに遷都、グラナダ王国となる。(首都グラナダ)。アルハンブラ宮殿が建設開始される。
1251年 カスティーリャ王国軍、グラナダを除きイスラム教国を駆逐。ナスル朝を除いてイスラム小王国をすべて併合。
1282年 カタルーニャがシチリア島を獲得
1340年 キリスト教諸国がジブラルタル制海権を獲得(サラードの戦)。
グアダルーペ修道院建造着工
1342年 カスティーリャがアルヘシラスを占領
1372年 カスティーリャ海軍、イングランド海軍破る(ラロシェルの戦)
1386年 農奴解放
1391年 ユダヤ人虐殺、全土に拡大
1401年 セビーリャのカテドラル(スペイン最大規模)建設開始(1519年完成)
1469年 カスティーリャ王女イサベルとアラゴン王子フェルナンド結婚
1474年 カスティーリャ女王イサベル即位
1479年 アラゴンのフェルナンド2世とカスティーリャ女王のイサベル1世が結婚、イベリア半島の2大王国が統合された。14世紀に始まった地中海における勢力拡大政策はさらに強化
1492年 イスパニア王国がグラナダ王国を陥落させてナスル朝滅び、イスパニア統一完成。キリスト教徒によるスペイン支配確立(レキンキスタ完成)。
イサベル1世とフェルナンド2世はローマ教皇より「カトリック両王」の称号を受ける。
ユダヤ人追放の勅令。
クリストファー・コロンブスの新大陸到達
10月12日、バハマ諸島グァナハニ島に到達。
10月28日、キューバ島着
12月6日、 イスパニョーラ島着

ヨーロッパ諸国との覇権争い

1516年 ハプスブルグ家の神聖ローマ皇帝カール5世がカルロス1世としてスペインの王位に即位。ハプスブルク家の全盛時代を迎える。
スペイン帝国領土は地中海からドイツ、オーストリア,オランダそして新世界にまで拡大
1538年 オスマン帝国にプレヴェザの海戦で敗れる。
1543年 ルイ・ロペス・デ・ビリャロボス率いるスペイン船団、サマール島とレイテ島に到着、これら諸島をフェリペ皇太子(後のフェリペ2世)にちなみラス・イスラス・フェリピナス(Las Islas Felipinas,フェリペナス諸島)と命名。
1556年 フェリペ2世が即位、国王は4か国の王として君臨した。「太陽の没することなき帝国」
1561年 フェリペ2世、トレドからマドリードへ遷都。
1565年 ミゲル・ロペス・デ・レガスピの遠征隊、メキシコからセブ島に到着し占領、スペイン植民地確立。ヌエバ・エスパーニャ(新スペイン)副王領の一部となる。
1568年 ネーデルラントで反乱が起こる。80年戦争の始まり( - 1648年)。
1571年 レガスピ隊マニラ占領。
1580年 フェリペ2世、ポルトガル王も兼ねる。ポルトガル王としてはフィリペ1世。
1588年 無敵艦隊、アルマダの海戦でイギリス艦隊に撃破される。
スペインは以後スペイン・ハプスブルク朝の400年にわたり衰退が始まる。
皇位継承で戦争になり、スペイン市民戦争の始まりとなる
1603年 マニラで最初の華人反乱。
1618年~1623年 ボヘミア・ファルツ戦争(30年戦争の始まり)
1625年~1629年 デンマーク・ニーダーザクセン戦争
1630年~1635年 スウェーデン戦争
1634年 30年戦争に参戦するが、西仏戦争の勃発や80年戦争の激化により、得るところもなく敗れる。
1640年 ポルトガル革命勃発。ポルトガル王政復古戦争始まる( - 1668年)。
1648年 30年戦争の講和条約、ミュンスター条約でオランダ(ネーデルラント連邦共和国)の独立を正式に承認する。
1659年 フランスとピレネー条約を締結。
1700年 スペイン継承戦争の結果、ハプスブルク家に代わりブルボン家のフェリペ5世が即位。しかしオーストリア・ハプスブルク家、イギリスの反発を受ける。
1701年 スペイン継承戦争始まる( - 1713年)。
1740年 オーストリア継承戦争に参戦( - 1748年)。
1756年 7年戦争に参戦( - 1763年)。
1759年 カルロス3世即位( - 1788年)。スペインの中興。
1793年 フランス革命政府、スペインに宣戦
1803年 ナポレオン戦争勃発。
1805年 トラファルガーの海戦。
1807年 ナポレオンの大陸封鎖令にスペインも参加する。
1808年 スペイン独立戦争勃発、
フランスがスペインを占領・ナポレオン1世の侵攻を許す。
カルロス4世退位、代わってナポレオンの兄ジョゼフが即位(ホセ1世)。
カタルーニャはフランス帝国の直轄地になる。スペイン人が反発、スペイン独立戦争が始まる。このときに、新大陸の植民地にも独立の動きが生じる。
1809年 イギリス、マニラに商館設立。
1814年 ナポレオン没落、ホセ1世退位。
ブルボン家のフェルナンド7世が国王に即位。
1820年1月 スペイン立憲革命が起こる。自由主義勢力がスペインの絶対王政を倒し、一時革命政府を樹立する。
この混乱期に中南米の植民地が相次いで実質的な独立を達成することになった。
1833年10月 カルリスタ戦争が起こる。

スペイン内での思想的分裂と政情不安

1868年9月 スペイン九月革命、臨時政府樹立
1873年2月 第一共和政成立。
1874年1月 スペイン王政復古。
1888年 バルセロナ万博開催
1892年 ホセ・リサール、独立政治組織ラ・リガ・フィリピナ結成。鎮圧される
1896年 武闘派独立組織カティプナンの蜂起。ホセ・リサール処刑される。
1898年 米西戦争。パリ条約でアメリカ合衆国と講和条約を締結する(スペイン帝国の終焉)。 米軍マニラ占領。エミリオ・アギナルド、フィリピン独立を宣言。パリ条約でスペイン、フィリピンを米国に売却。
1931年4月 共和国を宣言、第二共和政成立。
1936年7月 スペイン市民戦争が勃発、1939年まで続く
1937年4月 ゲルニカ空爆。
1938年 フランコ将軍、国民党政権を率いる
1939年 市民戦争で国民党が勝利、フランコの独裁政治が続く
第二次世界大戦が勃発するが、スペインは参戦せず。
1945年 第二次世界大戦終結。戦後設立された国際連合はスペインをファシストの国として排除。
1955年 国際連合加盟。

新時代の到来

1975年 フランコ死去、フアン・カルロスが王位に即位 、独裁は終焉、民主主義国家に変身
1977年 総選挙の実施(41年ぶり)
1978年 新憲法制定、立憲君主制に移行。
1986年 EU加盟
1992年 セビーリャ万博、バルセロナ・オリンピック開催
2002年 ホセ・マリア・アスナール首相イラク戦争を非常任理事国として支持。
2004年 マドリードで列車爆破事件発生。総選挙でイラク撤退を唱える左派が勝利。
ホセ・ルイス・ロドリゲス・サパテロ政権が成立。
2008年 スペイン不動産バブル崩壊。
2008年 総選挙で右派が勝利。マリアーノ・ラホイ・ブレイ政権が成立。
2011年 15-M運動が始まる。  リビアへの軍事攻撃に参加。
2014年 フェリペ6世即位。
2015年 総選挙で与党が過半数割れして組閣が難航。
再度の総選挙が2016年6月26日に実施。

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