(歴史・世界遺産・国立公園)

歴史;

1492年 コロンブス、キューバ島に到着(12月27日)
1509年 ディエゴ・ベラスケス、キューバ総督に任命
1868年 第一次独立戦争(10年戦争)開始
1895年 ホセ・マルティ、オリエンテのラプライータに上陸、第二次独立戦争開始。(4月10日)
5月19日 ホセ・マルティ戦死
1898年 米西戦争(2月)、アメリカの保護国になる
1902年 独立、エストラーダ・パルマ政権発足(5月)
1903年 米国、グァンタナモ湾を租借
1952年 バティスタ軍曹のクーデター(3月)
1953年 モンカダ兵営襲撃(7月26日)、モンカダ裁判(9月)
1955年 フィデル・カストロ恩赦、メキシコへ亡命
1956年 グランマ号でオリエンテ州に上陸(12月)
1957年 革命幹部会による大統領官邸襲撃(3月)
1958年 反乱軍の最終攻勢始まる
1959年 バティスタ大統領亡命(1月1日)
2月17日 フィデル・カストロ、首相に就任、革命政権成立(キューバ革命)
4月15日 フィデル・カストロ、ニューヨークへ米国政府に対する表敬訪問、米国政府は黙殺
5月17日 農地改革法公布
1960年 米国政府、キューバ砂糖輸入割当廃止の意向発表
2月4日 ミコヤン・ソ連副首相訪問、キューバ・ソ連通商条約調印
4月4日 ユナイテッド・フルーツ社の所有地接収
6月29日 石油会社テクサコ製油所介入
7月1日 石油会社エッソ、シェルの製油所介入
7月2日 米国政府、キューバ砂糖輸入割当制度を廃止
8月6日 米国企業接収
1961年 米国と外交関係断絶(1月3日)
4月4日 傭兵軍航空機によるハバナ等への航空施設爆撃。
4月16日 フィデル・カストロ、社会主義革命宣言
4月17日 反革命傭兵軍上陸事件(〜19日)(ピッグズ湾事件)
4月25日 米国、対キューバ全面的貿易封鎖発表
1962年 キューバ危機(10月15日)、ケネディ大統領、対キューバ海上封鎖宣言(10月22日)
10月27日 オリエンテ州北部でU-2機撃墜
10月28日 フルシチョフ・ソ連首相、ミサイル撤去受け入れ
1963年 フィデル・カストロ、初のモスクワ訪問
1965年 キューバ共産党結成
1967年 フィデル・カストロ、チェ・ゲバラの死亡を発表
1975年 第一回共産党大会、アンゴラ派兵本格化
1976年 新憲法(現行憲法)制定
傭兵軍のルイス・ポサダ・カリレス、キューバ航空455便を爆破墜落させ乗客乗員73人全員を殺害
1977年 米国と利益代表部設置で合意
1981年 ニカラグアへ派遣した教師が暗殺
1983年 アメリカのグレナダ侵攻に抗議して派兵
1992年 憲法改正により、キューバを社会主義国家と定義。米国でトリチェリ法*成立、ブッシュ大統領が署名
米国のロバート・トリチェリ下院議員が提案した。一般にはCDA(Cuban Democracy Act)と呼ばれる。おもな内容は以下の通り。
米国籍企業の海外支店がキューバと貿易することを禁止するもの
米国市民がキューバに旅行することを禁止するもの
キューバ人亡命者が家族に送金することを禁止
1993年 ドル所有の合法化
12月22日 カストロの実の娘、アリナ・フェルナンデスがアメリカへ亡命
1994年 米・キューバ移民協議、難民問題で米国政府と合意
1996年 米国でヘルムズ・バートン法* 成立、クリントン大統領が署名
ジェシー・ヘルムズ上院議員が提案。一般にはヘルムズ・バートン法(Helms-Burton Act)と言われているが、正式には「キューバ解放と民主連帯法」(the Cuban Liberty and Democratic Solidarity Act)という。主な内容は以下の通り。
米国人は接収財産に関わる取引をした外国企業に対し所有権を要求する権利を持つこと 接収資産と関わる企業は米国への入国を禁止すること
しかし、この法律はヨーロッパや中南米を中心とする国際的非難を浴びている。
1998年 当時のローマ教皇ヨハネ・パウロ2世のキューバ訪問 、以後12月25日をクリスマス休日とする。
1999年 米国、対キューバ経済制裁の一部緩和措置発表、
第9回イベロアメリカ・サミットの開催(於ハバナ)、
エリアン少年事件
2000年 米国による対キューバ経済制裁の一部緩和措置発表、第1回南サミット(G77諸国)開催、(於ハバナ)
2001年 米国からへの食糧購入開始
2002年 カーター米元大統領キューバ訪問。憲法改正
2005年 キューバ航空機爆破、カストロ議長暗殺未遂など親米テロの廉で逮捕され、保釈後ベネズエラへ逃亡していた傭兵軍のカリレス、アメリカへ亡命を求めて脱出するもマイアミで逮捕される

世界遺産

国立公園・自然保護区など;



日本人移民のゆかりの場所