モンテネグロの概要
国 名
モンテネグロ (2007年10月 モンテネグロ共和国から改称)
英語名, Montenegro
国名のモンテネグロ Montenegroは、「黒い山」を意味するイタリア語のヴェネツィア方言。
現地の言葉では同じ意味の「ツルナ・ゴラ Crna Gora」という。
黒い山とは、アドリア海沿いにそびえる山々に木が生い茂り、黒く見えたからだといわれている。
国コード
ISO3166-1:ME/MNE/499,
NET:.me,
IOC:MNE
プロフィル
ヨーロッパ南東部、バルカン半島に位置する共和制国家。
首都はポドゴリツァ(憲法上はツェティニェ)。
ユーゴスラビア紛争によるユーゴスラビア社会主義連邦共和国の解体によって成立したユーゴスラビア連邦共和国(1992年-2003年)およびセルビア・モンテネグロ(2003年-2006年)を構成する2つの共和国のうちのひとつ、モンテネグロ共和国であったが、2006年6月3日に独立を宣言した。
南はアドリア海に臨み、北西をクロアチアのドゥブロヴニクとボスニア・ヘルツェゴビナ、北東をセルビアのサンジャク地方、南東をアルバニア、東部をコソボと接する。
面積は福島県と同じくらいの小さい国だが、国立公園が4ヵ所あり、293kmにわたるアドリア海に面した海岸線のうちの73kmはビーチとなっている。
長い歴史を誇る魅力あふれる港町が数多く存在する。
世界遺産にも登録されているコトルをはじめ、ブドヴァやヘルツェグ・ノヴィなど、観光の拠点となる町が集中している。
日本でも人気のクロアチアのドブロフニクあたりに滞在していて日帰りできる。
モンテネグロはEUに加盟していないが、ユーロが使用されている。
1999年11月3日からそれまでのセルビア・ディナールに変わって、ドイツ通貨・マルクの流通が合法化され、自国通貨にしていた。
その後2002年にドイツマルクの流通が完全に停止されてからは、独立後の現在に至るまでユーロが流通している。
これは、ユーロ加盟国、欧州中央銀行の了解を得ているわけではありません
そのため、ユーロ加盟国で認められている、各国でのユーロ硬貨発行の権限はなく、
ユーロ紙幣は欧州中央銀行が発行するユーロ通貨が流通している。
国のシンボル
国 旗
国の変遷が目まぐるしく、その都度国旗が変わってきた。2006年6月にセルビア・モンテネグロから国民投票により平和的に分離独立した。
現在のものは、2004年7月12日に制定された。1993年に制定された国章を赤地の中央に配置している。
中央の紋章は、王国時代の「黄金のワシ」、その中心にはベネチアのシンボル「聖マルコのライオン」が描かれている。現在のモンテネグロの都市は1797年までヴェネツィア共和国に属していた。
国 歌
「五月の夜明け」
モンテネグロでよく知られていた民謡をベースにしたもの。
1937年、モンテネグロの指導者であったセクラ・ドルリェビッチが歌詞を改訂し、この曲を国歌に制定した。
その後、2004年7月13日のモンテネグロの議会によって、この曲が国歌として宣言され、2007年にもモンテネグロの憲法によって国歌として承認されている。
国 土
北西はクロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、東はセルビア、南はアルバニアと国境を接し、西はアドリア海に面している。
ジナルアルプス山脈のカルスト台地が広がる山がちな地形でアドリア海に面する。
低平な土地はシュコダル湖周辺とそこへ流れ込むゼータ川流域程度。西部のコトル湾はフィヨルド地形をなす。
面 積
1万4026km2(福島県とほぼ同じ)
政治形態
政 体共和国
独立年月日2006年6月3日、セルビア・モンテネグロから分離
国連加盟2006年6月28日
首 都
ポドゴリツァ,Podgorica(憲法上はツェティニェ)。
地方自治
国土全体が23の基礎自治体に分けられている。
首都のポドゴリツァには2つの区が含まれている。
国 民
人 口
約65万人
民 族
モンテネグロ人43%,セルビア人32%,ボスニア人イスラム教徒8%,アルバニア人5%など
言 語
セルビア語,ボスニア語,アルバニア語
宗 教
正教74%,イスラム教17%,カトリックとなっている。