[[ドイツ/ベルリン・ゲーテ街道・ドイツ東部]]

*ヴィッテンベルク Wittenberg [#b41ccf16]
(ザクセン・アンハルト州)~
人口:約5万4000人~
-ルターと宗教改革の歴史を物語る街。~
-ルターの家 Lutherhaus は、ルターが1508-1546年まで住んでいた家で内部には、宗教改革に関わる資料を展示するルターホールがある。ルターの家の近くには、神学者でルターと一緒に宗教改革運動を進めたメランヒトンの家があり、16世紀当時のまま保存され、書斎などが展示される。~
-そのルターとメランヒトンの像は街の中心部マルクト Markt に立つ。~
ルターが説教を行った聖マリエン市教会 Stadt Kirche St. Marien では、画家であり市長も務めたルーカス・クラーナハが描いた祭壇画にも注目。~
-ルターの墓もある城内教会 Schloskirche は、扉にルター95ヶ条を貼りだした教会。~
ただし、当時の木製の扉は焼失し、現在はブロンズの扉となっている。~
-街全体は大きくないので、歩いてすべてを見学できる。~

***アクセス [#n10b3f6c]
-鉄道~
ベルリンの西にヴィッテンペルクという所があるので、「ルターゆかりの町ヴッテンペルク Lutherstadt Wittenberg」と表示のある列車に乗るなくてはいけない。~
ベルリン中央駅 Berlin Hbf.から普通列車で1時間15分。ほぼ2時間間隔。~
その間に特急ICEも運行されている。45分、2時間間隔。~
ライプチッヒからは1時間。2時間間隔~
前後の駅にヴィッテンペルク・マルクトWittenberg−Marktやヴィッテンペルク・エルプトアWittenbelg-Elbtorなどの、各駅停車の列車の駅があるので、そこで下車しないように注意する。~
駅から市内中心部へは路線バス#304番が便利だ。15分間隔。~
***見どころ [#c78b0653]
主な見どころはほとんど旧市街地に集中している。~
-マルクト Markt:~
広場は切妻壁の家屋に取り囲まれている。~
ゴシック末期に建てられた市庁舎(1440年)の前に、ルターの彫像(1821年シャードウ作)と弟子のメランヒトンの彫像(1860年フリードリヒ・ドラケFriedrich Drake作)がある。~

-聖マリエン市教会 Stadtkirche St.Marien:~
マルクト広場の東の教会広場Kirchplatzにある。~
3廊式身廊を持つゴシック様式のこの教会(14、15世紀)は、18世紀にネオ・ゴシック様式の装飾が施された。~
1521年の世界初のプロテスタントの礼拝が始まった場所だった。~
1522年の有名な説教から3年後、ルターが元尼僧のカタリーナ・フォン・ボラと結婚したのもここだった。~

-ルターの家 Lutherhalle:~
ルターが1524年から住んでいた家。~
昔の大学であったコレギウム.アウクステウムの中庭にある。~
1883年に宗教改革博物館Reformationsgeschichtliches Museumに改造され、古い聖書、写本、ルターの著作の初版本などが、収集・展示されている。~
宗教改革時代の美術を扱った部門もあり、ルターの肖像、ルーカス.クラーナハ(父)とハンス・パルドゥンク・クリーンの絵画や版画などを見ることができる。~
Coltegienstrase 54~
http://www.martinluther.de~

-城内付属教会 Schlosskirche:~
市の西部の城館広場Schlossplatzにある。~
選帝侯館付属の教会堂が1760年に焼失したあと、バロック様式で再建されたもの。~
1517年10月31日にルターが95ヵ条の論題を釘で打ち付けたのは昔の教会堂の扉であったが、1760年に火事によって消失したとしている.~
その場所には、このテーゼの原本が1855年に制作されたブロンズの複製が立っている。~
内部にはルターとその弟子のフィリップ・メランヒトンPhilipp Melanchthon(1497-1560)の墓がある。~
隣の城の塔Schlosstumに登ることができる。~
-フンデルトヴァッサー学校 Hundorlwasserschule~
中心部から北東徒歩20分にある。~
マルティン・ルター・ギムナジウム Martin-Luther-Gymnasiumは、通常、フンデルトヴァッサー学校と呼ばれている。~
ウィーン生まれの建築家のフリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサーが現在の外観を設計したことによる。~
Strasse der Volkerfreundschaft 13~

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