概要
-ベルンの南約30kmに位置する。
-サリーヌ川の湾曲部分に突き出た高台にツェーリングン公が築いた中世都市。
フリブール州の州都でもある都会だが、美しい古都の面影を今にとどめている。
-スイスのフランス語圏とドイツ語圏を分ける民族的、言語的境界線である。
-深く切立った両岸の間を流れる川は、昔から変わらず、町の下流の左岸では、地名はフランス語の通り名で呼ばれ、対して右岸ではドイツ語名のついた所が多い。
-上下に分かれた旧市街は、石畳の小道や坂、屋根付木造楕、彫像がある泉、市庁舎など13〜16世紀の建物や街並が残されている。
カトリックの重要拠点でもあり、荘厳な大聖堂や多数ある修道院、教会、礼拝堂で貴重な宗教芸術を見ることができる。
-フリブールでは、3年毎に国際写真コンクールが開催される。

データ
-人口:40000
-標高:640m.
-言語:フランス語とドイツ語が併用されている。

アクセス
鉄道
ジュネーブとベルン、チューリッヒ間を結ぶ幹線ルート上にある。
ジュネーブ空港駅から特急ICで1時間35分。特急でもICNは停車しない。
チューリッヒからは1時間45分。
ベルンからは約20分。

フリブールの見どころ
市庁舎 Hotel de Ville
16世紀初頭の美しい建築。17世紀の二重階段、小尖頭で頂を装飾した、時打ち人形のベフロワ(塔)、褐色の大きな瓦屋根。
市庁舎広場の菩提樹は、スイス軍がムルテン(モラ)でシャルル豪胆公を破った、1476年6月22日に植えられたと伝えられる。

サン=ニコラ大聖堂 Cathedrale St-Nicolas 
旧市街の家々の上に、大聖堂のゴチック様式の美しい塔がそびえている。
1283年に最初の石が置かれたこの大聖堂は、それより1世紀前、町の創立者ツェーリンゲン家のベルヒトルト四世が建てた聖ニコラ教会にとって代わるものであった。
まず最初に内陣ができたのが1280年頃。
それまでの平坦で開口部のない後陣に代わって、3面の壁と5個の大窓を備えた新しい後陣が完成したのは、17世紀になってからだ。
-外部
高さ76mの美しい塔は15世紀のもの。八角形の塔の上部に、1490年頃に、小尖塔が冠状に置かれた。
ぱら窓の下の、正面入口のタンパンは「最後の審判」を表し、「魂の計量」をはさんで左右に「天国」と「地獄」。
アーキボールトには、r天使と預言者と長老たち」。
正面入口の両側には、「使徒たちの像」。両側面のポーチに、14世紀前半の、キリストと教会の結合を表す彫刻。
-内部
入ってすぐは、塔の下部によって作られた四角い玄関の間。その側面の壁に、美しい小アーケードの装飾。つづいて尖頭形ボールトの身廊。
17世紀の絵が、トリフォリウムの上下の、大アーケードの三角小間を飾る。その上部高窓に、A.マネシエによる現代のステンドグラス(1983年)。
同じく尖頭形ボールトの側廊には、ポーランドの画家メフォッファーのデザインによる20世紀初頭の窓。
側廊の16世紀と17世紀の小礼拝堂の中に、それぞれバロック様式の18世紀の祭壇。
錬鉄製のゴチック様式の仕切りに隔てられた内陣に、預言者と使徒たちを表した15世紀の、内陣聖職者席。内陣仕切り上部の飾り梁に、15世紀前半の大きなキリストの礫刑像。
入って右側のサン・セビュルクル(聖墓)礼拝堂に、1433年のキリスト埋葬とマネシエのステンドグラス。
前世紀のフリブール自慢の一つ、大オルガンは1834年のもの。

芸術歴史博物館 Musee d'Art et d'Histoire:
町の起源から18世紀に至る、フリブールの芸術と歴史を展示する。
ルネッサンスの優雅な館オテル・ラッツェHotel-Ratzeと、現代の建物の二つからなり、地下道によって結ばれている。
-オテル・ラッツェ
14−15世紀のローカルなアーチスト、マルタン・クラン、ハンス・フリエス、アントン・ヘンケルの宗教絵画と宗教彫刻。
聖ヨハネと聖シルヴェステルを表した14世紀のブルゴーニュ地方のステンドグラス。16〜18世紀のフリブールの工房で制作されたステンドグラス。
16〜17世紀のレターブル。
キリストと聖母マリアの生涯を描いた、珍しい木彫の小さな絵0人間の顔が描かれた1615年の陶製ストーブなど。
-新しい別館
ホールの、一段と高い場所に、受胎告知の場面と使徒たちを表した、サン=ニコラ大聖堂のすばらしい14体の石像。
10世紀の見事なキリスト礫刑像。
ハンス・ジーエンク(16世紀)の浅浮彫と噴水上部の彫刻など。

コルドリエ教会 Eglise des Cordeliers 
コルドリエ修道会は、1256年にフリプールに居を定め、13世紀末にはその修道院が完成した。
当時修道院には、有名な製本工房と、町随一の図書館があり、教皇や枢機卿、皇帝、諸侯等、フリブールに立寄った賓客を迎え入れた。
修道院は18世紀に改築され、教会の身廊部は新しく建て直された。
平天井の身廊には、木製の天井がつけられたが、内陣は交差ボールトをそのまま残した。
教会の中に入って、右手の最初の礼拝堂に、美しいトリブティック。アルザスの影響を残すこの金色の木製彫亥りは、1513年頃ジャン・ド・フュルノのために製作された。
中央のパネルは「キリスト礫刑」と「十字架の下のマクタラのマリア」。左パネルは「羊飼いたちの礼拝」、右パネルは「三博士の礼拝」。トリプティツクを閉じると、左翼に「受胎告知」、右翼に「聖母戴冠」。プレデラに「聖母の最後の眠り」。

キリスト王教会 Eglise du Christ-Roi 
大きな広場に面した、この半円状のファサードの教会は1953年に完成した。
数多くの柱に支えられた、細長い身廊を持つ一風変わった内部は、鉄筋コンクリート建築の傑作といえる。
周歩廊をめぐらした、円天井の内陣は、多くのステンドグラスから明りをとっている。
Boulvard de Perolles 43。

フリブール周辺の見どころ
ノワール湖(黒い湖) Lac Noir/シュヴアルツゼー Schwarzsee

ロッサン・ダム Barrage de Rossens
フリブールから13kmのロッサン村の上流に、1948年サリーヌ川をせきとめて建設された長さ320m、高さ83mの巨大なアーチダム。
切立った崖に囲まれた、長さ14kmの美しい人造湖は「ラ・クリュイエール湖」と呼ばれる。

オートリーヴ大修道院 Abbaye de Hauterivs 
フリブールの南西7km。
サリーヌ川の湾曲部の人里離れたところにある修道院。
1138年創立のこのオートリーヴのシト一会大修道院は、1848年いったん世俗化したが、1939年、祈りと労働に明け暮れる厳しい生活を再開した。
サンダルをはいた、粗末な服の坊主頭の修道士を見ることができる。
純粋なシトー修道会様式によって1160年頃建てられた修道院教会は、以後いく度もとりわけ14−18世紀に大幅に修復、改修された。
宿坊、製陶所、外来者のための礼拝堂などを含む修道院は、18世紀に再建され、そのファサードはバロック様式。
中の正面階段には、錬鉄製のエレガントな手すりがついている。
14世紀にすっかり改修されたゴチック様式の回廊は、彩色された交差ボールトの天井におおわれ、彫刻を施したボールトの要石が美しい。
(参考資料:スイス政府観光局など)