概要
*人口:13000
*ウイーンの西40km、ドナウ河畔の町。
*ローマ帝国の国境、ドナウ河岸の戦略の要所に、紀元後一世紀に築かれたComagenaeの城塞のあった場所に建設された町。
*1042年から1113年までは、ハプスブルク家以前にオーストリアを支配していたバーベンベルク家の居城が置かれ、オーストリアの首都としての役割を果していた。
しかしその後、まずクロスターノイブルク、そして1156年頃にはウィーンに居城が移されている。
*ドナウの河畔という地の利を生かして、商業上は依然として重要な役割を果して繁栄した。

アクセス
鉄道
ウイーン・フランツヨーゼフ駅Wien Franz JosefsからクレムスKrems a.d.Donau行きで約30分。ほぼ30分ごと。

見どころ
エゴン・シーレ美術館 :
トゥルンはエゴン・シーレの出身地でにあり、デッサンなど小品が年代順に並んでいる。

ローマの塔 Romerturm :
ドナウの河岸(立入りは歩行者のみ)は、心地よい遊歩道として整えられている。
この古いロマネスク様式のバジリカは、聖ステパノに捧げられている。
15世紀にゴシック様式の円天井が作られ、18世紀にはバロック化された。
二つのバロック塔に挟まれたロマネスク様式の西正面入口は、十二使徒の半身像で飾られ、その上には神聖口一マ帝国の象徴である双頭の鷲が見える。
鷲はこの鉤爪に二つのトルコ人の頭をつかんでおり、16、17世紀にオーストリアを脅かしたトルコ軍来襲の危機を物語っている。
尖頭アーチの円天井が施された教会身廊と内陣は、その広さに驚かされる。
大理石製の主祭壇は、聖ステパノの殉教を描いた1786年作のレターブル(飾り衝立)で背後を飾られている。

墓地礼拝堂 Karner :
教区教会の後陣と同じ高さに、オーストリアで最も美しい墓地礼拝堂の一つがある。
1250年頃に建てられた「三博士の礼拝堂Dreikonigskapellである。
外側は多角形で、そこに半ドームの付いた小後陣が付け足されている。
多角形の各辺はアーチと柱頭で飾られ、その一つのアーチの下には寄進者の像が見られる。